大阪高等裁判所 昭和31年(う)182号 判決 1956年11月28日
主文
原判決を破棄する。
被告人は無罪
理由
控訴理由は記録に綴つてある被告人名義の控訴趣意書及び控訴趣意書追加記載のとおりであるから、これを引用する。
本件公訴事実は「被告人は元兵庫県美嚢郡北谷村々長をしていたが、その在任中であつた昭和二十八年四月三十日同村役場書記松原昌義を地方公務員法第二十八条第一項第一号により免職し翌五月一日右辞令を松原に送達したが、松原よりの審査請求に基き同年十月十三日同村公平委員会において右松原の免職辞令を取消すこと、松原の給料を十分の一減給し、昭和二十九年三月三十一日まで引続き勤務せしめること等の判定があり、被告人は同公平委員会よりその旨の指示を受けながら、故意にこれに従わなかつたものである」というのであつて、原判決はこの事実を認め、地方公務員法第六十条第三号第五十条第二項等を適用し、被告人を罰金二千円に処したものである。
案ずるに松原昌義の検察官に対する供述調書、判定書写、被告人の検察官に対する供述調書、再審査請求書写によれば、被告人が判示に従わなかつたことが故意に基くものであるか否かの点を除き、公訴事実全部及び被告人は右昭和二十八年十月十三日附公平委員会の判定に対し同年十月三十一日附を以て同公平委員会に再審の請求をなしたものであることが認められ、又当審において取調べた再審査判定書謄本によれば、被告人の右再審請求に基き吉川町公平委員会(北谷村が合併により吉川町となる)は昭和三十一年三月二十九日「原判定を取消す。処分者の出した地方公務員法第二十八条第一項第一号により免職するとの処分は承認する。」旨の判定があつたことが認められる。しかして被告人は右昭和二十八年十月十三日附北谷村公平委員会の指示に従わなかつた理由として、同月二十三日同公平委員会より被告人に対し、「昭和二十八年十月十三日附を以て地方公務員法第五十条第二項により不利益処分に関する判定に基く指示書を送達したが受附と同時に効力を発するものと解します。依而同指示に従わない場合は其の意思表示があるべきものと存じます。若し何等意思表示なく本指示の履行を無期延期される場合は同法第六十条第三項の規定が適用されるものと解される。昭和二十八年十月二十五日中に(公平委員任期中)何等かの意思表示成度此段照会に及びます。」との公文書が来たのであつて、被告人が同月三十一日なした再審の請求は右公文書にいう意思表示に該当するもので、この意思表示をすれば前記指示に従う必要のないことは右公文書の趣旨とするところであるから、被告人は故意に指示に従わなかつたものではないと弁解しているのである。
そこで当審で取り調べた昭和二十六年十月三十日制定の北谷村規則(不利益処分に関する審査規則)には公平委員会は、不利益処分の審査の請求につき、審査を終了したときは判定を行つてこれを書面に作成し、その判定書の写を当事者に送還し、この場合当事者に対し再審の請求の権利のある旨を併せて通知すること、審査の結果必要によりて任命権者に指示をしなければならないこと、当事者は判定に不服あるときは六月以内に公平委員会に対し再審の請求をなし得る旨を規定している。しかして地方公務員法第五十条第二項及び右北谷村規則に基く公平委員会の任命権者に対する指示は、一種の行政庁の処分であるから、特別の規定のない限りその意思表示が相手方に到達した時に効力を生ずるものであつて、再審の請求によりその効力を停止するものでないものと解すべきある。よつて被告人は右再審の請求をしたとの一事を以ては指示に従う必要がないものとはいえない。
しかし被告人の検察官に対する供述調書及び証人山本賢太郎に対する当審受命判事の尋問調書によれば、北谷村公平委員会は任命権者たる被告人に対し、前記被告人主張の昭和二十八年十月二十三日附公文書を発したものであつて、同委員会としては判定に対し再審査の請求をしたものは、その判定に基く指示に従う必要がないものであるとの解釈をとつて居り、この解釈に基き被告人に対し右指示に従うものか否かの意思表示をせらるべく、若し何等の意思表示なくして指示の履行を無期延期するときは地方公務員法第六十条第三号の適用がある旨を通告したものであり、被告人は同月三十一日再審の請求をしたのでこの再審請求が右意思表示に該当しこれにより指示に従う必要はないものと諒解していたものであり、被告人も亦公平委員会の右解釈と同様に解していたので同委員会の本件指示に従わなかつたものであることが認められる。
しからば被告人が再審の請求をした場合には地方公務員法第五十条第二項の指示に従う必要がないものと解したことは、該処分の効力に関する法規の解釈を誤つたものではあるが、この誤解は単に被告人の主観によるものではなくて、右判定及指示を発したところの北谷村公平委員会の解釈に則つたものであり、同委員会より被告人に対する昭和二十八年十月二十三日附公文書においても、何等かの意思表示をすれば指示に従う必要のない趣旨を内蔵しているものであることに徴すれば、被告人として右の如き解釈に到達することはやむを得ないところで、かく解することに正当な事由があつたものといわなければならない。従つて又被告人がこの解釈に基き指示に従わなかつたことについても正当な事由があるものであつて、故意に従わなかつたものということはできない。記録を精査するにその他被告人が故意に従わなかつたものであるとする資料は見当らないのに、原判決がこの点をも認定したのは事実の誤認であり、この誤認が判決に影響することまことに明らかである。
よつて被告人の本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により直ちに判決するに、本件公訴事実中被告人が故意に従わなかつたとの点について証拠がないから、結局本件犯罪はその証明不十分とし、刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条により被告人に対し無罪の言渡をなすべきものとし、主文のとおりの判決をしたのである。
(裁判長判事 岡利裕 判事 国政真男 石丸弘衛)